浴室でカオを洗うために、石けんを泡立てます。
石けんは小さくなってきていて、泡立ちは悪く、ヘタった泡は柔らかさやなめらかさに欠けます。そろそろ新しいのをストックから繰り出すタイミングでしょうか。
ふと思います。これ、人生みたいだな。
ストックから繰り出されたばかりの石けんは、よく滑り、でも泡立てればすぐに濃密で層の厚い泡が出てきます。
人生に置き換えると、失敗も多く、でも少し勉強したり運動すればすぐにコツをつかみ、いいパフォーマンスを発揮します。アイディアなんかも次々と出てきますよね。
やがて石けん置きに定着した石けんは、そうそう滑ることはなく、適度な泡立てで思ったとおりの量の泡を作ることができます。
人生も年齢を重ねれば失敗は減り、物事のセオリーがなんとなく見えてきます。前例に照らし合わせて、カンタンにうまくいく/ちょっと頑張る必要あり/なんとなくムリだな、なんてことが解ります。
小さくなってきた石けんは、かなり真剣に泡立てなければなりません。それで出てくる泡も、冒頭のとおり新鮮さに欠けるヘタった泡。
人生に置き換えるのは、もはや言わずもがなですね。
さらに小さくなった石けんは、悲しい運命を辿ります。
複数に割れ、いつのまにか排水口に消えているものあり。ストックから出てきたニュー石けんにムリヤリくっつけられ、でも分離していつのまにか排水口に消えているものあり。小さな石けんどうしでくっつけられ、大した泡立ちを魅せることもできず、文字どおり消えるまで働かされるものあり…。
これを人生に例えることはやめましょう。かなしくなるだけだから…。
さて、わたくしはいま、どのくらいの泡を作れているのでしょうか。
こうやって文章を書いていてみても、大学生の頃に書いていたような、満足度の高いテキストにはなっていない気がしますね。わたくしは、あの頃より確実に、小さくなってきていると思います。
せめてまだ、石けん置きに定着しているくらいだといいなあ。