小高い丘にあぐらをかいて肘をつき、街や人々を見下ろしながらタバコをふかしているじいさん。
ファンタジー世界において、こういったキャラクターは実は過去に魔王と戦った勇敢な武術家だったり、あまりに高等な魔法を使うがゆえに王族に利用され厭世的になり隠居している魔道士だったりします。物語を左右する重要なじいさんです。
ところが、ほぼ同じ様相を呈しているジジイだとしても、現実世界における新越谷駅構内のトイレットだったら話は別だなと思いました。
尿意を催したわたくしがトイレットに入室し、時を同じくしてApple Musicのプレイリストが『クリスマス・イブ / 山下達郎』を選曲し流し始めた途端、常軌を逸したタバコくささに思わずカオをあげました。いつものアンモニア臭ではなく、紙タバコの煙が目にしみる。
そこには、洗面ボウルの横のハンドドライヤー(休止中)に腰掛けタバコをふかし、少ない歯を見せてニヤニヤしている茶色く日焼けしたジジイが。ジジイの横の棚状になっている箇所には、見たことのない何らかの飲み物と思しき容器がふたつ。
ジジイの視線は鏡の前に並んだ洗面ボウル前を貫き出入口に至ります。トイレットに入室するや否や、ジジイの視線に捕捉されるシステム。
ジジイはトイレットに入室する利用者すべてと目を合わせ、目を合わせたまま何かをしゃべっていますが、何をしゃべっていたかは山下達郎のおかげでわたくしには解りませんでした。
自分のプレジャーのためにトイレットに入室してきた利用者も、まさか少ない歯でニヤニヤしているジジイが急きょ視界に飛び込んでくるとはいざ知らず、入室と同時に全員が「ざわ・・・」というぴんと張り詰めた空気にさいなまれていました。
手洗いも控えめに(洗面ボウル前に立つとジジイの視線上に入るから)そそくさと出ていく。「STOP! COVID-19!! 手をよく洗おう!」の大号令も虚しい。
プレジャータイムを終えたわたくしがジジイから最も離れた洗面ボウルで手を洗い始めると、ジジイは急にジジイ最寄りの洗面ボウルの蛇口から出る水をめちゃくちゃに飲み始め、わたくしが何かのトリガーを引いてしまったのかと思い焦りました。
首尾よくトイレットを脱出。ファンタジーであってほしかった。
ファンタジー世界では重要そうなじいさんも、現実世界の新越谷駅のトイレではただ単にやべえジジイになる。山下達郎もサイレントナイト、ホーリーナイトと言っている。シンボリックな1日。